投稿

10月, 2023の投稿を表示しています
イメージ
  ハンバーガーはアメリカ料理の特徴で有名ですが、日本でいうと、ハンバーガーが日本に輸入されてから、どのように日本的に変化しましたか? ハンバーガーの正確な発祥地は不明ですが、記事で読んだところによると、19世紀の後期に色々な伝統的なドイツ料理がアメリカで混ぜていて現代のハンバーガーに変化しました。 第一次大戦から第二次大戦にかけてハンバーガーがアメリカの各地に普及しても、戦後までハンバーガーの魅力が世界中に届きませんでした。そして、戦後には日本がヨーロッパと並んで、アメリカに影響を与えられて、ハンバーガーのことを紹介されました。 バーガーを輸入した大切な人物の一つは櫻田厚(さくらだあつし)という60年代いにアメリカに住んでいた日本人で、日本に戻ってから、「モスバーガー」というレストランチェーンを作りました。それから、櫻田さんはハンバーガーに日本文化に加えて、バーガーを日本的に変化させました。例えば、ライスバーガー、つまり、パンの代わりにご飯を使ったバーガーはモスバーガーの特徴の一つです。ライスバーガー以外、エビカツバーガーやテリヤキベーがーといった日本らしい食べ物もあるそうです。今、モスバーガーは販売によると、日本のファストフードチェーンの二位となっています。 一位は、言うまでもなく、マクドナルドですが、アメリカと同じメニュだというわけではありません。マクドナルドは1971年に日本に確立されて、モスバーガーのようにテリヤキバーガーやエビカツバーガーがある上に、日本文化に関係があるキャンペーンも行っています。例えば、満月の時、お客さんは「月見バーガー」が。 実は、私は決してマクドナルドなどで食べませんが、アメリカと比べると、日本のバーガーの方がおいしそうだと思います。日本に行ったら、絶対モスバーガーで一度食べてみたいです。

ザワークラウトの歴史

イメージ
    私はザワークラウトという伝統的な食べ物について発表していきたいと思います。なぜかと言うと、私の祖先は昔、ドイツからアメリカのミズリー州やイリノイ州の田舎に引っ越してザワークラウトの作り方も持ってきたからです。今でも、両親が独自でキャベツを育て、毎秋のようにザワークラウトを作ります。私の家族にとって、これは一番大切な伝統的な食べ物なので、ザワークラウトの歴史を調べたくなってきました。  ザワークラウトはドイツ料理の特注の一つとして知られていることは事実ですが、ドイツ語の名前がついているにもかかわらず、ドイツで生まれたわけではありません。記事で読んだところによると、キャベツはどこで初めて栽培したかは誰も知らないほど、古代的な野菜だそうですが、実は、面白いことに、発酵したキャベツの発祥地は言うまでもなく、中国だそうです。まるで日本の伝統的な習慣のようです。ところが、古代中国から14世紀にかけて、ヨーロッパとの交流が少なかったですが、明王朝までに、中国を通して、東ヨーロッパにキャベツの発酵のし方が導入されました。それから、ヨーロッパの各国に広がり、地理や天候によって少しずつ変化し、現代のザワークラウトの形になりました。  その時、ザワークラウトのいい点は少なくありませんでした。その冷蔵庫がない時代で、発酵したものは長い間悪くならないと言う理由で、必要でした。寒くて新鮮な野菜がない冬に、栄養価が高いザワークラウトが食べられました。それから、健康にいい食べ物として、長い旅で船に乗る時に病気を防ぎました。その上、ザワークラウトはキャベツはどこでも育ちやすいし、キャベツと塩だけで作ることが出来ろので、伝統的な食べ物になりました 。  でも、ザワークラウトはアジアから全ヨーロッパに至るまで広がったなら、どうしてドイツの特徴で有名になったのでしょうか。私はその質問に簡単に答えないんですが、可能な理由の一つを挙げてみます。多くの国がキャベツの発酵の作り方を知っていた一方、アメリカに普及させたのはドイツの方だったかもしれません。したがって、アメリカ人は「ザワークラウト」というドイツ語の名をつけて、ドイツのものとして考えられました。そして、ザワークラウトの普及と共に、それがドイツで生まれたという印象も普及した。  現代、近代化のせいで、ザワークラウトの消費量が減って...

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

イメージ
現在、バッハが作曲した曲を知らない人はいないはずです。バッハの音楽は300年前に書いたにもかかわらず、今もよく演奏されたり、映画に使われたり、結婚式で聞こえたりして、様々な場合で楽しまれています。バッハは言うまでもなく、音楽界の一番大切な作曲家の一つとして認められていて、きれいなメロディーや奥が深いハーモニーで有名です。  ヨハン・ゼバスティアン・バッハは1685年にドイツで生まれました。家族はみんな演奏家や作曲家なので、バッハは若い頃から、音楽を勉強しました。18歳の頃まで、すでにドイツの教会に勤めていました。それから、仕事として、作曲して、曲をいくつも創作することが出来ました。バッハは天才で音楽の限界を超えました。まるで天からの能力のようです。 その時、バッハの能力は認められましたが、悲しいことに、バッハが1750年に死んだ後で、彼の曲がほとんど演奏されませんでした。時間が経つと、バッハの音楽はだんだん忘れられていきました。ところが、1830年代に、フェリックス・メンデルスゾーンという作曲家がバッハが書いた作曲の原稿を見つけて、ついにバッハのことをドイツに再び導入しました。それから、バッハの魅力がヨーロッパを始めに、世界中に普及しました。 私は初めて大学に入った時、専攻は作曲でした。バッハの音楽を聴けば聴くほど、魅力が上がりました。実は、ベートーベンやワーグナーなどのロマンチック作曲家のせいで、作曲家が苦しみや悲しみといった個人的な感情を音楽に含めるとよく思われていますが、バッハは個人的な感情を表さないで音楽を創作しました。バッハの曲を通して、音楽の清純な美しさが聞こえるという理由で、私はバッハが一番大好きなクラシック作曲家です。
イメージ
 今日はレトロゲームが好きな人にとって一番便利なものの一つについて話したいと思います。 レトロゲームは古いゲームソフトやゲーム機がなかなか見つけられないし、値段も高くなっていくので、結構不便ですね。パソコンでもゲームファイルを起動できるというのは事実ですが、本格的な経験を求める人にとって、本物のゲーム機でゲームをする必要があります。 最近、その不便なことを解決するために、特別なゲームカセットが発達されました。「エバードライブ」と呼ばれて、とても便利なものです。このカセットは一本だけでゲームがどれでも出来るという発明です。つまり、珍しくて高いタイトルでも、自分の国で全然公開されていなかったゲームでも、エバードライブを通して本物のゲーム機でソフトを起動できるという意味です。 色々なゲーム機に当たる「エバードライブ」の種類が購入できますが、私は「エバードライブ64」というカセットを持っていましたので、N64のソフトだけ使えるのです。 レトロゲームに興味がない人にとって、この発明が分かりにくいかもしれないので、短い動画を伴って、ちょっと説明してみましょう。 例えば、私は「ゼルダの伝説」がしたいなら、まず、ROMファイルとしてのゲームソフトをSDカードに保存して、カードをエバードライブに入れてから、「エバードライブ」をゲーム機に入れます。ゲーム機をオンにすると、エバードライブのソフトが自動に開きます。そして、メニューから「ゼルダの伝説」を選択して、まるで本物のソフトがあるようにゲーム機で起動します。 とても便利ですね。私も エバードライブに「どうぶつのもり」や「実況パワフルプロ野球」といった日本しか公開されなかったソフトを入れたので、ゲームをしながら、日本語の練習することもできます。